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上野とき子の街かどスケッチ
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元大阪市会議員上野とき子のブログをのぞいていただいいている皆さんありがとうございます。あっという間に過ぎ去っていく日々を大切に愛おしみ、新しい時代の到来のために力いっぱい生きぬいていきたいと思います。
 日常的には、くらしの相談のため事務所を開けていますのでお気軽にお立ち寄り、またお電話ください。
日本共産党都島生活相談所06-6925-2253
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休日を楽しむ

2018/08/14 21:54
お盆休みには、読みかけの本を読もうと自由律の放浪の俳人 種田山頭火「草木塔」を読んだ。彼とともに放浪の旅に出て行っているような感じがする。言葉の余剰を楽しめる。俳句が気楽に作句できるような感じがする。

『民主文学9月号』を古くからの友人で、長野県へ転居したMさんから送っていただき、本人の結婚前後のたたかいの小説を早速一気に読ましてもらった。ほかにも知人が健筆をふるっておられるようだ。
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今夜は二十歳を迎えた孫娘のイーちゃんの誕生日、家族そろってお祝いをしました。理系なので勉強もたいへんすだが、バイトにも精出している。会うごとに娘らしく成長している。

世の中のことも勉強してほしいと「健康で文化的な最低限度の生活」のコミックをプレゼントした。
今夜は火曜日夜9時からカンテレでドラマが放映されている。
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戦争孤児 『駅の子』

2018/08/13 21:21
美空ひばりの戦後の歌に”私は街の子 巷の子 ♪ 窓に明かりが灯るころ〜”と歌われていました。
昨夜はNHKスペシャル「駅の子」です。戦争で親と死に別れた、また生き別れた子どもたちが、駅にたむろして寝泊まりする姿は、終戦直後「駅の子」と呼ばれていました。

口を開き始めた孤児たちは、国や大人たちから「見捨てられた」と訴えます。
食べるものがなく、駅の水道に口をつけて水だけで何日も生きねばなりませんが、抵抗力のない小さい子どもから順番に死んでいくのです。

物乞いをしたり、盗みをしたりして食をつないだ子どもたちは、進学後、就職後も差別や偏見が続き、過去を隠して生きてきました。そうしなければ生きられないのです。

飢えと疥癬などの病いに悩まされ、風呂も入れない真っ黒けで生きていくのです。見るだけでも胸が痛みます。
海に向かって山に向かって叫び、親を探し親の温かさを求めて、子どもたちは必死で生きていきます。
しかし、あまりの切なさに列車に飛び込んで自殺する子どもも出てきました。

戦後数年たち、孤児を収容していく施設、児童福祉法などもでき、駅頭から子どもの姿は一掃されましたが、深い傷を負い成長する彼らの姿に、戦争で最も危険でつらい思いをするのはやはり、物言わぬ子どもなのです。

もう70歳をこえた老人は、見つかった親のお墓に詣でて、号泣された姿はまさに子どもそのものの姿でした。
2度と戦争だけは起こしてはならないことを、しっかり示したNHKスペシャルでした。

多くに人に見てもらいたい、子どもにも見せたい番組でした。
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沖縄県民大会7万人 ( ^)o(^ )

2018/08/12 18:10
沖縄名護市辺野古に新基地を造らせないと、病床で亡くなるまで闘い続けたきた、故翁長雄志知事の志をうけつぎ、新基地断念させる遺志をうけつごうと「土砂投入を許さない!ジュゴン・サンゴを守り、辺野古新基地の建設断念を求める8・11県民大会」が11日、那覇市の奥武山公園陸上競技場で7万人がつどい、開かれました。
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翁長知事の「遺言」を次男の雄治氏が代弁しました。
最後の最後までどうやったら辺野古新基地を止められるか。病室のベッドの上でも資料を読みあさっていたとのこと。

「沖縄は試練の連続だった。しかも一度もウチナーンチュ(沖縄県民)が心ひとつにしてたたかうときには、おまえが想像するより、はるかな大きな力となる」
「沖縄に、辺野古に新基地をつくる。どれほど大義があるのか。全国に置いておけないから沖縄に置けばいい。いま、われわれが納得できないものを将来の子どもたちに、残してしまうのか」

雄治氏は、決意と覚悟を表明しました。「『国の専権事項』だからと言って、いま責任をもっているわれわれが何もせず指をくわえてみているわけにはいかない。『オール沖縄』は、ウチナーンチュの強い決意であり、覚悟です。その民意にわれわれ政治家が突き動かされている。父に辺野古基地が止められたと報告できるように、がんばりましょう!」と。

参加者は翁長知事の無念さを、1人1人がしっかり受け継いでいきたい」と訴えました。
全国各地でも呼応運動が展開されました.。 (しんぶん赤旗8・12より)
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暑気払い!

2018/08/11 22:05
月に1度の和太鼓小組のレッスンです。
「若駒」さんの練習場で、みんな勢揃いでいい汗を流しました。猛暑をものともせず皆さん元気です。
人数が増え活気があります。

その後、小規模保育所の建設が気になって区役所へ。区役所東側の防災センターの1階一部が乳児の小規模保育所、9月開所をめざして準備されていましたが、なんだかとても狭くて心配になりました。
こんな狭い所で保育ができるのか、と。
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          (カサブランカは病時に友人からお見舞いにいただいたもの、元気です)
夕食は友人と夫と3人でおいしい料理をいただきに行きました。
よくしゃべって、よく食べ、日本酒を桝酒でチビチビと。

同席したお客さんとも旅のことなど話が通じ、映画のこと政治のことも意気投合。
とうとう身分を名乗るほどでもないのに、あれこれとカマをかけられ名乗ることに。

ところが熱烈に握手を求められ、共産党にもっとがんばってほしいと期待されました。
後継者の若きエース鳥居さとしさんをしっかり頼んできました。

そうそう8月25日(土)午後1:30〜映画『コスタリカの奇跡』も見に行きますと約束。コーヒー代300円です。
会場は都島警察南東の向かい
おおさか市民ネットワーク事務所です。
お待ちしています
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ヌートリア元気かな?

2018/08/10 22:03
猛暑が続くせいか、わが相談所も来訪者が減っている。年をとり足が悪く、電話での相談もある。
NHK受信料が無年金で払えない、80代女性。無年金なのに国民健康保険料の3割負担がつらい(60代)。介護保険料が保険高い(70代)・・・・などなど税金より社会保障の自己負担金に耐えられないのだ。

ますます改悪の方向を危惧、運動をしなければならない。


話しは変わりますが、今夜「商工しんぶん」を読んでいると「世の中ウオッチング」欄に(8・20)不思議な動物ニュートリアとの出会いが書かれていた。数年前にわが大川で出会った感動を思い出した。

「あれはなんや?」イタチでも、ビーバー、カワウソでもない。とにかくごちゃまぜの毛の深い動物が堂々ゆっくりと大川を泳ぎ、一服休憩したいのか、川岸に腰掛けあたりをキョロキョロ見渡していた。恐がりもせず、毛つくろいをしながら、あたりを見回す姿に、ペットが逃げ出したのか。よく太って7,8`はある。
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みんなに聞いてもわからず、淀川が流れる毛馬の友人が「あれはニュートリアよ。戦時中は兵隊の外套に重宝されたが、戦後は野に放たれ、それが淀川河畔で巣をつくり姿を現しているよ」との話を聞きびっくりしたことがあります。いまはどうしているのかな〜会いたいな〜。

捕獲して駆除するか静観するか、自治体でも意見が分かれているそうですが、愛らしさだけみれば、共存して生き延びられるだろうか。
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『コスタリカの奇跡』〈ドキュメンタリー映画〉を見ませんか

2018/08/09 21:42
都島区平和の会は毎月何かと行事をやり、1人でも多くの人と平和について語り合いたいと思っています。
今月は、第5回都島平和シアター〜積極的平和国家のつくり方〜『コスタリカの奇跡』を上映しますので短時間駆けつけてください。

コスタリカは人口486万人大阪府より小さな中米の国ですが、1948年軍隊を廃止しました。軍事費をなくし、社会福祉や教育に充てて、国民の幸福度を最大化する道をえらんだコスタリカの奇跡に実際に迫ったドキュメンタリー映画です。実際にどうなんでしょう。

日本は、果たしなく増え続ける危険な軍事費、正反対に削減される社会保障費や教育費など日本の未来はお先真っ暗です。
政治を変えれば、必ず暮らしもかわり人々や子どもたちの幸福感も上昇するでしょう。(日本は低いです)

国際的にみても昨年はコスタリカなど、小さな国々が核兵器廃止条約の制定にも大きな役割を発揮しました。
今この映画の上映会があちこちで進んでおりますが、ぜひお誘い合わせておこし下さい。

おいしいエベレストコーヒも味わってください。 
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画面をクリックしてね。場所などわからなかったら私上野とき子にお電話ください。
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翁長知事 無念なご逝去

2018/08/08 22:08
いままで猛り狂っていた猛暑は、立秋の声を聞くと途端に秋の風情をふりまき、きょうはすごしやすい一日となりました。わが弟と妹に長電話し、水害や猛暑のお見舞いをしました。予土線、予讃線の完全復旧ができず、臨時バスが出ているそうです。

夕食をとっていると、スマホからニュースが流れ驚きました。
沖縄知事翁長雄志氏が、すい臓がんで入院加療中、今夜8時頃逝去されたとのことです。67歳。

お悪いとは聞いていましたが、11月18日の知事選にもきっと出ていただけると期待していました。まことに残念なことです。謹んでお悔やみを申し上げ、生前のご奮闘に厚く敬意を表します。

米普天間基地飛行場の返還に伴い、名護市辺野古への新基地建設に一貫して反対を訴え続け、住民を励ましてこられました。1950年生まれ、那覇市出身、那覇市議2期、県議2期、2000年那覇市長 4期12年つとめられ、現在県知事でした。

今夜のテレビは美ら海ドローンの沖縄石垣島〜与那国島撮影やカヤックでの横断など、驚くような沖縄のサンゴ礁の美しさや熱帯魚、海ガメなどと海人の漁などすばらしい映像を映してくれました。翁長知事を悼むかのように・・・・
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 (NHKより)
テレビは各局とも、もっと沖縄のたたかいの映像を報道し、辺野古新基地の様子を国民にリアルに知らせるべきだ。
国民の苦しみには蓋をするアベチャンネルの放送規制はだめですよ。
翁長さんの遺志を継いで必ず、知事選には勝利し、危険な基地はもういらない。
魚やサンゴ礁など沖縄を美しい海のまま残しておこう!
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